「体内時計」をご存知でしょうか。
自分が学生の頃、生理学という基礎医学の授業で学びました。その頃はまだ比較的新しい概念であり学問だったと記憶しています。
地球の自転による昼夜の繰り返しに呼応するように、地球上の生物の体の中にはおよそ一日を刻む(概日性リズム)ように「体内時計」を持っています。
脳の視床下部に存在する極めて小さい領域である視交叉上核(SCN:suprachiasmatic nucleus)には、「中枢時計」と言われる体内時計の中心的な司令塔が存在します。
この体内時計は、中枢のみならず皮膚などの臓器や組織を構成する様々な細胞のほぼすべてにも存在し、「末梢時計」と呼ばれています。
最近では、この体内時計と様々な疾患との関連性の探求が進み、症状や病態との因果関係が明らかにされつつあります。
2017年には、この体内時計の時計遺伝子の発見者らにノーベル医学生理賞が贈られています。

あらゆる細胞には、体内時計を制御する時計遺伝子があります。代表的なものは、Click, Bmall, Period, Cryptochrome などです。これらの時計遺伝子の転写、翻訳の流れが概日リズムの制御に重要な役割を果たしています。
これら時計遺伝子は、皮膚の細胞にも存在します。これらにより、ケラチノサイト(表皮の角化細胞)やファイブロブラスト(真皮の線維芽細胞)など皮膚の個々の細胞が自律的に時を刻んでいます。そしてこれら皮膚の末梢時計は、視交叉上核に存在する中枢時計によって、ホルモンや自律神経を介して同調されています。
皮膚が持つ様々な生理機能、例えば皮膚の温度、皮膚表面のpH、毛細血管の血流量、皮脂の分泌、皮膚のバリア透過性、経表皮的水分喪失、ケラチノサイトの細胞増殖及びターンオーバー、創傷治癒、掻痒などが体内時計によって制御されていることがわかっています。
それでは、体内時計は皮膚疾患の病態や症状の制御に関わっているのでしょうか。

アレルギー性疾患の中には、症状が増悪しやすい時間帯があります。以前から日内の周期性(概日リズム)が存在することが指摘されてきました。
例えば、気管支喘息では、発作は午前4時を中心に午後10時から午前7時までに集中する傾向があります。この時間帯では、血中のアドレナリン、コルチゾール(副腎皮質ホルモンの一種)などが低下し、ヒスタミン(喘息発作を惹起する)濃度が上昇していることが分かっています。これにより気道が収縮し喘息発作が起きやすくなります。
慢性蕁麻疹は夜間に悪化する傾向があります。
アレルギー性鼻炎は早朝に症状が発現しやすくなります。
以上のようなアレルギー性疾患の概日リズムを調べるために、受動皮膚アナフィラキシー反応(Passive cutaneous analysis : PCA反応)試験を使って、時計遺伝子の関与を明らかにしてゆく研究が近年行われています。
受動皮膚アナフィラキシー反応(Passive cutaneous analysis : PCA反応)試験とは、被験物質の潜在的な抗原性を予測するために、被験物質を反復的に感作させた後、惹起される恐れがあるアレルギー及び過敏反応を皮膚における反応を通して受動的に予測する試験のことです。これにより様々な時間帯にアレルギー反応の原因となる抗原を負荷することで、過敏反応を引き起こしたり抑えたりする液性物質(ホルモンやカテコールアミン、ヒスタミンなど)と概日リズムとの関係性が推測できるようになります。
このPCA反応(受動皮膚アナフィラキシー反応)を使って、「体内時計によるアレルギー反応の制御」について山梨大学大学院医学工学総合研究部免疫学講座で検討されています。
主要な時計遺伝子(Per2)を変異させ”体内時計機能を消失させたマウス”と”野生型マウス”を使い、PCA反応を経時的にマウスの背中の皮下で起こし記録検討しています。
結果は、野生型マウス(体内時計を持つマウス)では、PCA反応は午前10時で高く午後10時で最も低い日内変動が認められました。
一方、遺伝子操作をして体内時計機能を消失させたマウスでは、どの時間帯でも同程度の反応を示すことがわかりました。つまりPCA反応の日内変動が失われていたのです。
この結果より、PCA反応の日内変動は時計遺伝子に制御されていることが示唆されたことになります。
さらに、PCA反応と副腎由来内分泌因子(コルチゾールなど)の概日リズムに則した分泌との関連も検討されています。
遺伝子操作をして体内時計機能を消失させたマウスでは、コルチゾールなどの副腎由来内分泌因子の概日リズムに則した分泌が失われており、一方の野生型マウスでは日内変動を示すようです。
そこで、副腎を摘出し副腎由来内分泌因子(コルチゾールなど)を消失させたマウスを用いて検討すると、PCA反応は日内変動を示さなくなるようです。
さらに、中枢時計である視交叉上核(SCN)を物理的に破壊したマウスでは、コルチゾールなどの副腎由来内分泌因子産生の概日リズムが失われることが確認されています。
以上のことより、中枢時計である視交叉上核(SCN)からの指令で副腎由来内分泌因子の分泌が概日リズムを刻むように制御されていることがわかります。
まとめると「アレルギー反応は副腎由来内分泌因子により制御され、さらにそれらは体内時計によって制御されている」可能性が示唆されたことになります。
体内時計が刻む概日リズムとアレルギー症状との関連が明らかになりつつあることを報告しました。
アレルギー症状を体内時計の観点からいかに抑えていくか、今後の研究が待たれます。
皮膚と体内時計との関係に目を向けてみると、まだまだ研究は少ないですが、体内時計に着目したスキンケア技術の開発に取り組んでいる報告がありました。
皮膚において外部からの刺激や異物、雑菌などの侵入を防ぐバリア機能や体内の水分の蒸散を防ぎ皮膚にうるおいを保持する保湿機能に関与しているフィラグリンというタンパク質があります。表皮の顆粒細胞で産生される塩基性タンパク質の一種です。
このフィラグリンを生み出す遺伝子の発現量が、日中に高まり夜間に低下することが明らかになったとの報告がありました。すなわち日中にバリア機能や保湿機能が高まるようにフィラグリン産生遺伝子(日中防御遺伝子と呼ぶらしい)が概日リズムを刻んでいることになります。この日中防御遺伝子の発現を高める成分を把握することは、バリア機能・保湿機能を高めるスキンケア化粧品の開発につながるとのことです。目下開発中とのこと。
また別の研究では、皮膚の表皮角化細胞(培養)に過酸化水素水による酸化ストレスを加えると、時計遺伝子と皮膚の保湿の関わる蛋白質(フィラグリンなど)の産生を担う遺伝子の発現が乱れることが分かったとのことです。そこでこれらの遺伝子発現を活発にする成分の同定は、肌の保湿機能を高めるスキンケア化粧品への応用が可能になると報告されています。こちらも目下研究中のようです。
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体内時計と皮膚の関係の探求は、これからの新たな研究分野のようです。
個人的には今後の成果が楽しみです。