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院長ブログ

かつて札幌は日本の出版業界の中心地であった。

政治・経済・文化、とにかく何から何まで”日本の中心地は東京”と相場は決まってます。いいこととは思いませんが。
ストレス解消に美味しいコーヒーを飲みに入った喫茶店。手に取った雑誌に「かつて札幌は日本の出版業界の中心地であった」と云う記事を発見。
ええっ?全く知りませんでした。
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太平洋戦争真っただ中の昭和20年頃、戦火が本土に及び東京は空襲の標的にされていました。そんな中、企業は地方疎開を余儀なくされました。
出版界の大手である講談社が、昭和20年5月に札幌の冨貴堂(2003年に閉店)に支店を設け札幌に拠点を移したのです。
その後終戦を迎えましたが、札幌講談社として札幌に残りました。
札幌の中心地は空襲の被害がなかったため印刷設備が失われることがなく、用紙も道内で生産されていました。このため講談社に続いて青磁社、鎌倉文庫(北海道支社代表は川端康成)、創元社、筑摩書房などの大手出版社が次々と札幌に支店を設けました。
今でも存在する「週刊朝日」や「サンデー毎日」が札幌で印刷され全国に向け配送されていました。
札幌において終戦時10社だった出版社は、昭和22年には100社ほどになっていました。
昭和22年5月末に日本出版協会北海道支部主催北海道出版文化祭という一大イベントが、その当時の出版界の好景気を背景に行われました。記念講演会には、川端康成・久米正雄・柳田國男・小林秀雄・亀井勝一郎・中村光夫などの著名文化人や作家を招聘していました。当時の北海道出版ブームを象徴するイベントだったようです。
しかしながら、その後急速に東京の復興が進み、それに伴って出版業界は東京へ回帰していきました。
昭和23年には多くの出版社が札幌を撤退していきました。
道内で出版された刊行物や雑誌は、ピーク時で100種類ほどあったそうです。
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栄枯盛衰とはまさにこのことですね。わずか3~4年の間の出来事です。
札幌の歓喜と悲哀が目に浮かびます。
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<04/12/2020 札幌市 中央区 皮膚科 宮の森スキンケア診療室>